釧路市長

伊東良孝
~議員活動30年の軌跡~
《平成14年11月、当時の釧路市長の失職により、自民党はじめ各界、各層より期待を寄せられ、釧路市長選へ出馬の決意をする。民主推薦候補、共産推薦候補との三つ巴の選挙に勝利》
平成14年12月釧路市長初当選 〈39,439票を獲得〉   
平成17年10月釧路市長初当選(合併により) 〈無投票当選〉
◎MOOの特定調停
市長就任直後、約30億円の長期債務を抱え倒産寸前のMOOを、借金8割カットの調停を裁判所に申し出て認めさせ、24億円をカットしてもらい危機を脱しました。その後建物を6億円で市が買い取り、今日まで営業を続けてきています。 
◎湿原の風アリーナ釧路
平成7年から道立体育館の建設気運が高まり、何十回も道庁に陳情に行きましたが、計画すら立ててもらえない中、伊東市長就任後の2年後に市の方針を転換し、国の公園整備事業(1/2補助)と合併特例債(国が2/3補助)、道の補助を組み合わせて市の負担が1割で建設にこぎつけました。
札幌の道立体育館「きたえーる」に次ぐ道内2番目の大きさで、各種スポーツの全国・全道大会が多数開催されています。
◎釧路市・阿寒町・音別町合併
平成17年10月、永年の懸案でありました阿寒町(人口6401人)、音別町(人口2763人)との合併が実現出来ました。阿寒の中島守一町長・音別の高野武町長の決断により両地域の将来と町民の幸せを願い釧路市との合併でした。
早速、阿寒中学校の改築、阿寒湖畔まりむ館の新築、音別の西消防署音別支署と音別町コミュニティセンターを新築し合併の効果を具体化致しました。
私も合併後10年は責任があると思っておりましたが、3年間で市長を退任し申し訳ない気持ちです。国政においても両町への感謝を忘れず発展に尽くします。
◎ 北海道横断自動車道(本別-釧路間)の着工
民営化された東日本高速道路㈱が採算の取れる路線だけを整備することになった結果、本別-釧路間は整備対象からはずれる事となりました。
私は国が直接重要な路線を道にも一部負担させ整備する新直轄方式を進める事とした事を受け、全国で一番早くこれに応募し、高橋知事の了解も得て着工が決定しました。
平成27年3月には白糠IC、平成28年3月には阿寒ICが開通しますが、当時
の伊東市長の決断がなければ今日に至るもまったく出来ていなかったであろ
うと言われています。